最近「調子が悪い」「病気かもしれない」というつぶやきをよく聞く。
かくいうわたしも(こーみえてもあーみえても)幼い頃から虚弱で、小学校に上がる前には3週間という立派な入院経験がアリ、20代前半では腹部手術。30代前半では突発性難聴を患い2週間入院したが、残念なことに右耳は今でも聴くことができない。
病気になると人は大あわてで、「どうしたら治るか?」「何をしたらいいのか?」と、ドクターや同じ病気の経験者、漢方医、セラピストなどに質問をする。わたしが突発性難聴になった時ももちろん、思いつく限りのあらゆる人に治療法を尋ね回った。
ある自然療法の権威に「入院治療中ですが何をしたらいいのでしょうか?」と、ベッドの上から手紙を書いたことがある。返事はすぐに届いた。藁をもすがる気持ちで開けた封筒には養生法を綴った分厚い便せんが入っていて、ほんとうに嬉しかった。また、そのお手紙を読み終わった後のショックは、忘れられない。こんな内容だ。
あなたは病気になってから、わたしの読者だといい、手紙を書いてきました。聞こえていた耳が聞こえなくなったのですから、何に気をつけたらいいのか、どう対処したらいいのか。もちろん知りたいでしょう。必死なのはわかります。
「病人は薬をとって安静に寝ていればいい、と医者がいうのを信用していない。医者まかせにしたくない」と書いてありますね。もちろん、医者まかせにしたくないでしょう。いい考え方だと思っているのがわかります。
あなたのその態度が、病をひきおこしています。世界全体をみることができない身勝手な態度が、突発性難聴をひきおこしました。
あなたはわたしに教えて欲しいことがあるという。でも、封筒のなかには切手の1枚も入っていない。わたしはどうやって返信するのですか?
あなたへの返信の切手代はわたしが負担するものですか?
あなたは肝腎なことが理解できていない。まずはそこが理解できないと、残念ながら、一生健康にはなりません。
このお手紙をいただいてからわたしは、「病は気から」を信じている。
自分を磨かなければ健康は育たない。
【健康曼荼羅( mandala of wellness)】
コメント